引きこもりだったFさん(20代男性)

奈良こころの相談室

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引きこもりだったFさん(20代男性)

ご相談者の声

2019/01/30 引きこもりだったFさん(20代男性)

私は大学に進学した20歳ころから、対人関係に違和感を覚え、大学に行くことが苦痛になりました。
同時に友人・アルバイト先との人間関係も、自分にとって苦痛なものとなり始めました。原因も分からず、人生初めての経験に『なんだ、この感覚は』と、困惑しました。
気にしないようにしていたのですが、『自分はおかしいのかな』と思い、
人目を避けるようになりました。
最小限の付き合いをごまかしながらも続けましたが、ついに大学2回生に上がるころ、人前に出ることができなくなってきました。
睡眠も十分にとることができず、心は沈みきった感じで、体は鉛のように重く感じました。最初の困惑は、混乱と孤独感・憂鬱感へ変わっていました。

 

その時自分が考えていたのは『きっと、自分がおかしいのだろう』、
『こんなことになる自分が悪いのだ』といったことで、誰にも相談できずにいました。
『こんな自分じゃダメだ』と自分に、鞭打って今までにもまして外に出続けました。
しかし、そのような生活は数カ月と続かず、外に出られなくなりました。
何故自分だけこんなにしんどいのか?なんの為に生きているのだろう?と一人部屋に引きこもって考えるようになり、
私は、その頃でも友人はおろか彼女、家族ですら相談できずにいました。
『自分がダメなだけ』とひたすら自分を責めていたのです。
不眠も続き、家にいることも多くなり、心配した母親が見つけてきた、
民間カウンセラーによるカウンセリングを受けることになりました。
カウンセリング後は一瞬、気持が楽になったかと思ったのですが、
根本的には何も変わらず、日々の生活は憂鬱で2回で行くことを止めました。
そのころ、友人との交流は完全になくなり、大学は週に1回程度行けたら十分といった感じでした。
何とかしなければと思い、3回生に上がる頃、大学のカウンセリングルームの存在を知り、扉を叩きました。
半年程、週に1回お世話になり、かろうじて授業に出ることはできるようになりました。
やはり、状態は思うようによくならず、相変わらず心は沈んでおり、再び外に出られなくなりました。
その頃から道で人とすれ違うだけで、吐き気と頭痛・動悸が起こるようになりました。
バスや電車にも乗っていられなくなり、目的地まで何度も途中下車しなければなりませんでした。
その頃から死にたいという想いが出てくるようなりました。
状況を察したカウンセラーは、精神科受診をすすめ、受診することになりました。
そして私は、『なぜ、カウンセラーはいつも頷(うなず)くだけで何も言ってくれないのだろう』と思いはじめ、
カウンセリングへ行くのを辞めました。
家に居ることが多くなった私は、母親と口論することも増えました。
イライラする事も多くなり「育て方が悪かった」「死んでやる」などと言って、半年近く毎日のように母親に言いました。
彼女の家で大暴れして迷惑をかけたこともありました。

 

 

こころの相談室(三木先生)との出会い

そして、疲労困憊した母親が見つけてきた、「こころの相談室」で私はカウンセリングを受けることになりました。
「どうせ、何も言わないのだろう」と思って行ったのですが、期待は裏切られました。
初回から「今できそうなことは何ですか?」「こんなことをやってみてはどうですか?」
と今までのカウンセリングとは全く異なり、衝撃を受けました。
自分はダメだと思っていたのに「そのままでいいからやってみて下さい」というのです。
課題ができなかったら、「これだったたらどうですか?」と常に自分の状態に合わせて
親身に相談にのって下さいました。
回を重ねていくうちに、そのやり方が自分に合っていると思うようになりました。
それは今までやってきたような、気の重くなるような原因探しではなく、
今すぐに実践できることばかりで、試せる(失敗しても怒られない)という感覚が自分に合ったのだと思います。
上がったり、下がったり、少しずつ、少しずつ散歩やアルバイト、できることを相談し、私は取り組みました。
少しずつ外に出ることができるようになり、2年後には就職できました。
快方に向かうまで、まだまだ時間はかかりましたが、そのつど自分の状態に合わせて、提案を続けてくださいました。
最初に困惑を感じ始めて5年も過ぎた、ある日、課題に取り組む中で『快方しなくても、そのままでもいいかな。』と直感的に思った時がありました。
『僕は治ったのだ』と、その時感じたことを今でも強く覚えています。
その時、今まで自分を支えて下さった・迷惑をかけてきた人達の顔が突然走馬灯のように出てきて、涙が溢れました。
たくさんの人を傷つけましたが、いつも最後まで付き合ってくれていた、傍にいてくれたという事実に気付きました。
まさに、バットで頭を打たれたような衝撃でした。ひとりぼっちだと思っていたのに、実に多くの人が、回りで見守ってくれていた事実に気付き、自責と悦びの念で涙が止まりませんでした。
そこから私はまさに生まれ変わったように、毎日が楽しくなってきました。
それからも混乱することはありましたが、このままで十分なのだと思い、心はむしろ穏やかでいることができました。
仕事も遊びも恋愛も、今までを取り戻すかのように励みました。生きるって素晴らしいことだと思い行動しました。
そして今だから思うことですが、無駄な経験は一つもなかったなとつくづく思います。
そしてこの経験がなかったら、今の自分はないのかと思うと、引きこもっても良かったな、とさえ思います。
そして私は今、自分も同じように困っている人を支えることはできないだろうかと思い始め、
少しまた違った夢に向かって走っています。

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